今週の一言&活動報告

2006年11月27日(月曜日)

PA0_0874.JPG 利尻富士町鬼脇地区の沿岸にて、本日8:00~10:00の間、あわび漁が解禁されておりました。天候の安定し、海が凪の状態の日に漁が行なわれるそうです。鬼脇漁協では今年3回目のあわび漁との事。
 あわびの水揚げが許される時期は10月~12月の3ヶ月程です。漁業資源保護の観点から、水揚げ量は制限されているそうです。
 鬼脇漁港では水揚げされたあわびの計量などがなされ、漁協内は活気にあふれており、皆さん終始笑顔でした。地元の水産会社などに卸されるようです。値段はキロ5000~6000円程度でした。PA0_0875.JPG

 

2006年11月26日(日曜日)

PA0_0873.JPG 利尻富士町の鬼脇地区文化祭にお伺いしました。1週間前は鴛泊地区での文化祭(町内子供美術作品展含む)でしたが、今回は鬼脇地区での開催でした。陶芸、絵画、写真、華道、手芸などの作品が展示されており、和の雰囲気のある文化祭でした。生花の甘い香りが、なぜか懐かしい感じでした。雪が降ってまだ1週間しか経っていないのですけどね。
 また、会場では陶芸作品の展示即売も行なわれており、購入されている方もおられました。陶芸作品の制作者の方から、「購入してくださると粘土代等に充てられるので助かるのです」とお話されておりました。週に2回程度集まって、制作作業をされておられるとも言われておりました。結構頻繁に活動されておられるのに驚かされます。
PA0_0872.JPG 鬼脇公民館の1階ロビーでは、本日のみお茶席があり、私もお茶を頂きました。勧められるがまま、3杯のお茶と和菓子を頂戴しました。こういった時間を過ごすとホッとしますね。

 

2006年11月22日(水曜日)

 現在利尻島におりますが、天候は大荒れです。本日の早朝は落雷の音と揺れにより、目が覚めました。正午には風雪が強まり、景色は秋から冬へ一変しました。町内の防災無線にて、飛行機が欠航したのを知り、宿に戻ってからはフェリーが全便欠航となったのを知りました。フェリー欠航の影響は各方面で見受けられました。新聞が配達されず、コンビニのお弁当が店頭にない。物流が寸断したのを肌身をもって感じました。夜には利尻富士温泉にて、入浴されていた漁師の方から、以前一週間フェリーが欠航した際、漁船で食品等の生活必需品を運んだという逸話もお伺いしました。
 また、ニュースでは利尻・礼文地域に暴風警報・波浪警報・雷注意報・着雪注意報が発令されておりました。明日も大荒れの模様です。被害が出ないことを切に願います。
PA0_0869.JPGPA0_0871.JPG
PA0_0870.JPG


 

2006年11月18日(土曜日)

PA0_0868.JPG 利尻富士町文化祭作品展に行き、地域の皆様の出展した作品を見させて頂きました。陶芸作品を見ると自分も同じような作品を学生時代に作ったのを思い出し、懐かしく思います。会場におられた方で陶芸作品を制作された方ともお話いたしました。轆轤を使っての作品制作の難しさなど、楽しくお話させていただきました。お近くに窯がある環境が羨ましいです。
 また、知っている方の作品もあったので、見に来て良かったです。久しぶりに芸術の秋を堪能しました。

 

2006年11月17日(金曜日)

PA0_0043.JPG 先般、利尻富士町鬼脇地区のヤムナイ沢などで土石流が発生しました。幸いにも、人的被害はなかったものの、地元業者の重機が海岸線まで押し流されたりするという被害が発生しました。また、大量の土砂が流れ出たために、海岸線の地形も変わってしまいました。画像中央にあるとおり、海岸線に岬のような地形がありますが、これは土石流によってできた地形です。以前はなだらかな海岸線だったのですが。現地入りし、見てまわると、改めて自然の力の恐ろしさを実感させられたのとともに、防災対策の必要性を実感します。
 また、堆積した土砂によって沿岸の漁場が深刻な被害を受け、コンブやウニの漁場が壊滅的な状況だそうです。近隣の漁業関係者からは、来年度以降のコンブやウニの水揚げ量への影響を心配する声がかなりありました。一部には漁場が原状回復するまで3~5年程度かかるのではないかとの声もありました。
 今後、被害を防ぐには森林整備など包括的な治水対策や砂防えん堤の整備等が必要だと思われます。

 

2006年11月16日(木曜日)

PA0_0867.JPG
 「利尻島の医療提供体制を考える懇談会」に出席しました。札幌医科大学医学部・山本和利教授が講師となり、「地域医療の今日的課題-離島医療-」と題して、講演されました。講演では、医療を取り巻く現状、地域医療の問題点を指摘。また地域医療再生の提言や、同様の環境にある東京島嶼の状況との比較等と多岐にわたる内容でした。山本教授の歯に衣着せぬ発言から、地域医療に正面から向き合う情熱を感じました。懇談会では、島内の医療関係者、各自治体首長や道庁関係者等が中心となり、利尻島の医療提供体制について意見交換がなされました。医療機関の経営形態のあり方から、医療現場での改善点、医師確保の諸課題等、真剣な議論がなされておりました。
 離島医療は、他の過疎地の医療体制とは違い、特に島内で医療を完結しなければならないとの命題を抱えております。同時に緊急時の搬送体制の構築も喫緊の課題です。このような環境下で地域住民に安心してもらえるような医療体制を構築していかねばなりません。そのためには越えなければならないハードルがいくつもあります。今回の勉強させて頂いた内容を政策に反映できるよう努力し、更に学んでいかねばなりません。

 

2006年11月16日(木曜日)

 択捉島の東北東390キロ付近を震源地とするマグニチュード8.1の地震が発生したのに伴い、オホーツク海沿岸地域を中心に津波警報が発令され、枝幸町でも避難勧告が発令しました。町内の放送で沿岸地域の住民に対し、避難の呼びかけがありました。普段の枝幸町中心街では、それほど交通量はないのですが、先程は普段以上の交通量がありました。また、テレビ等の報道で各自治体の関係者が電話取材を受けており、知ってる方のお名前もありました。各自治体では広報車にて、避難の呼びかけを行ったり、公共施設を避難所として開放したりと各自治体の即応体制に感心させられるのと同時に感謝の念を抱きます。
 私の網走の実家の両親も避難勧告発令により、高台へ避難しておりました。特に人的被害がなかったので、正直ホッとしております。オホーツク海沿岸地域は、地震も少なく、もちろん津波警報発令などは珍しい事です。また、地震や気象災害は全国的に見ても比較的少ない地域です。しかし、今年は10月の低気圧被害、11月の竜巻被害と立て続けに災害に直面しているためか、今回の津波警報発令も他人事としてでなく、しっかり受けとめられたのではないでしょうか。
 

 

2006年11月13日(月曜日)

sato6.jpg 佐藤前知事の辞職に伴う福島県知事選にて、新人の前参院議員・佐藤雄平氏(民主推薦)が、当選しました。知事辞職にまで至った背景には5期18年にわたる多選の弊害があったとされております。「権力は腐敗しやすい。長期になればなおさら」という事だったのでしょう。福島県民の良識が今回の選挙結果につながったのだと思われます。
 佐藤雄平氏は秘書経験が長い民主党参議院議員(当時)という事で、民主党秘書研修会で講師をされたこともあります。過去の秘書業務などのお話をお伺いした際、情報化・機械化された現在からすれば考えられないような努力をされていたのだと驚かされた事を思い出します。
 これからは福島県知事として、県政の信頼回復と新しい福島県を創っていくべく、ご尽力されることを心よりご祈念申し上げます。本当におめでとうございます。

 

2006年11月12日(日曜日)

GRP_0260.JPG 枝幸町中央コミセンにて開催されたシャルウィーダンス出崎主催の第3回チャリティーダンスパーティーに参加しました。ダンス演技披露では、不断の努力の賜物である優美なダンスを見させて頂きました。会を代表して、出崎氏より挨拶があり、「上手とか下手とかではなく、健康のためにやっているのです」とのお言葉にダンスが上手ではない私は一安心致しました。音楽が流れるとお姉様方に誘われて踊りましたが、ステップを何とか合わせるのが精一杯でした。。。
 今回は歌登器楽愛好会等がバンド演奏を担当しており、かなりの盛り上がりでした。本当に楽しい時間を過ごしました。もっと上手にステップが踏めると、より楽しいんでしょうね。

  

 

2006年11月11日(土曜日)

 網走管内で予定があったため、佐呂間町若佐地区に立ち寄りました。現地では、まず献花台で手を合わせ、犠牲になった方々へご冥福をお祈りいたしました。被害発生からまだ4日しか経過していないため、建物の残骸がまだ片付いておらず、竜巻被害の生々しさを実感しました。言葉では言い尽くせない状況でした。現地では多くの報道関係者が取材をしていたり、行政関係者が被害状況を確認したり、地域住民や職人さん達が住宅の修理をしていたりと、落ち着くには、まだまだ時間がかかりそうな雰囲気でした。
 宗谷管内の豊富町でも竜巻が佐呂間町とほぼ同時刻に発生していたとの報道がありました。豊富町では幸いにも被害は発生していないようです。

PA0_0847.JPG プレハブの土台

PA0_0846.JPG 建物の残骸

PA0_0852.JPG 国道333号沿い

PA0_0859.JPG 復旧作業中の方々

 

2006年11月08日(水曜日)

 11月7日(火)14:30頃、竜巻災害の第一報をメールで知りました。このオホーツク海沿岸地域は全国的に見ても、気象災害や地震などは比較的少ない地域だと言われております。しかし、昨日の竜巻被害、先月の低気圧による被害などが続いているのに驚かされます。先月の低気圧災害時は被害が甚大だったのですが死者はなく、不幸中の幸いと言われておりましたが、今回の竜巻被害では死者9名を出す大惨事となりました。亡くなられた方々と関係者には心よりお悔やみ申し上げますとともに、被災された方々へお見舞い申し上げます。
 佐呂間町の若佐地区は、松木けんこう・北見事務所へ向かう際の近道なので必ず通過しておりました。テレビ報道などの映像を見ると被害の大きさにショックを受けます。私は現地入りしておりませんが、松木けんこう代議士は竜巻発生当日に国会議員では一番に現地入りしております。党でも対策本部(松木けんこう代議士が事務局長)を設置し、対応に追われているようです。被災された方々に対する支援策を早急に適用していかなければなりません。

最新の状況は下記を参照ください。

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/bsb/index.htm

DSCF9547.JPG

 

2006年11月03日(金曜日)

PA0_0840.JPG 本日、枝幸町合併記念式典に私は松木けんこう代議士の代理として出席し、メッセージを代読致しました。本年3月21日に旧枝幸町と旧歌登町が合併し、この度、合併記念式典開催となりました。合併して半年以上経過しておりますが、合併直後は業務が立て込んでおり、この時期の開催になったと荒屋吉雄・枝幸町長からお聞きしました。合併した他の自治体も同様に一段落してから開催しているそうです。枝幸町と物産交流をしている「福岡県うきは市(旧浮羽町)」から来賓として、怡土康男うきは市長も来られており、合併をした「うきは市」も半年以上経過してから式典を開催したそうです。ちなみに物産交流は「さるかに合戦」ちなんだ柿の産地「旧浮羽町」と毛がにの産地「旧枝幸町」時代から続いているそうです。
 式典では多くの功労者が表彰され、厳かに執り行われました。ご尽力されてこられた方々に改めて敬意を表します。
 私自身、東京都の「旧田無市」と「旧保谷市」が合併し、西東京市となった直後の西東京市長選挙を学生時代に経験しました。当時、両市から現職市長が出馬し、旧市の地域間対立が激化し、感情的なしこりを残す結果となってしまいました。合併後の枝幸町長選挙で、そのような旧町の地域間対立がなかったのは、ひとえに深井信朗・前歌登町長が合併を機に勇退するという英断があったからだと私は確信しております。このようなトップリーダーが下す決断から学んでいかなければなりません。このような決断や関係各位のご努力により合併が実現したのでしょう。これからの新・枝幸町の発展のためにも、私は枝幸町の住人として力を尽くせればと思っております。
 また、来賓として、国会事務所勤務時代にはよくお見かけしていた武部勤代議士が来られておりましたし、私の対立候補となる湯佐利夫道議(79歳)とは初めてお会いしました。画像は両氏と名刺交換をしているところです。